「未来食品」開発へ、日本企業の技術力が貢献タイはこれまで経済危機や大洪水などの困難や変化の波を乗り越え、その都度、強靭に復活を遂げてきた。新型コロナの発生も迅速な政策により抑制されている。タイのレジリエンス(回復力)は改めて注目されており、東南アジアの中でも外国から多くの投資誘致に成功している原動力にもなっている。その経済的ポテンシャルの高さに加え、タイ投資委員会(BOI)は外国からの進出企業に対し税制優遇面などで多彩な恩典を用意しており、進出している多くの日本企業も積極的に活用している。タイが長期的に目指すべき経済社会のビジョン「タイランド4・0」政策の中でターゲット産業の一つに位置づけられる「未来食品」の領域でも日系企業の活躍が目立つ。高度な技術を駆使し、医療分野にも応用できる新たな食品加工技術の開発に精力的に挑み、タイの未来の「食」を担う企業の事例を紹介する。
エージレスタイランド 食品安全の国際規格認証取得で信頼性高まる
「エージレス」ブランドで知られる脱酸素剤のトップメーカー、三菱ガス化学がタイに進出したのは2002年。機械や原材料の輸入税免除、法人税の免除などBOIの恩典を活用し、グローバル市場を見据えた生産拠点としてエージレスタイランドを設立した。
「タイの人々はこれまで生鮮食品中心の食生活を送ってきていたが、所得水準の向上に伴ってライフスタイルが変わり、調理済み食品の市場が拡大している。近隣諸国でもこの傾向が加速することは間違いない。そうした市場性とタイの整備されたインフラ、BOIの恩典もタイへの進出を後押しした」(仲川和秀社長)
脱酸素剤の歴史は用途開発の歴史でもある。当初は餅の防カビ用として開発されたが、土産菓子に採用され、個包装化が進んだことで一気に市場が拡大。現在は惣菜や冷凍食品、ドライフルーツなど多彩な食品に使用されている。食品と並んで、医薬品も脱酸素剤の有望な市場だ。
食品や医薬品は製品の性質上、厳しい品質管理や衛生基準が求められるが、同社は数年がかりで準備を進め、ISOやGMP、HALALに加え、食品安全の国際規格「FSSC22000」の認証も取得している。
「認証取得により、安全性や品質に対する信頼性がさらに高まった。取得のプロセスは従業員の教育にも有効に働いた。現場の生産力向上が課題なのでエンジニアの教育にも力を入れていく。タイはリスクに直面すると覚悟を決めて無類の強さを発揮する国。今回の新型コロナウイルスにおいてもその強さがうかがえた。持続的な発展を実現するためにも、タイの発展を支えるエンジニア人材の育成に期待したい」(仲川社長)
天野エンザイム 高度な新規酵素の開発へ産官学の力を結集
酵素は生活の様々なシーンで活躍している。洗剤、パン、胃腸薬。糖尿病患者の血糖値を測定する際の診断薬としても欠かせない存在だ。天野エンザイムは医薬品や食品加工に用いられる酵素剤の専門メーカー。2012年にマレーシアに事務所を置き、ASEAN(東南アジア諸国連合)地域の情報収集や市場調査に努めた後、18年末にタイに販売拠点およびアプリケーションラボを設立、翌年から事業を開始した。
「タイには酵素を使用する日系企業が多く進出している。高齢化が進行しているので、高齢者の消化を促進する酵素の市場にも期待できる。近隣諸国へのアクセスもいい。他の国も検討していたが、BOIの恩典を利用でき、合弁などではなく独資で設立できる点がタイの大きなアドバンテージとなった。拠点計画や投資に関するBOIからのアドバイスも参考になった」(佐藤公彦代表)
同社が製造する酵素は大量に使用される低価格品ではなく、スペシャリティー酵素。食品のテクスチャーをなめらかにする、物性を変える、保存期間を長期化する等、消費者の自然志向に応えて天然由来添加物としてその効果を発揮し、顧客課題を解決する酵素を提供してい る。完全テーラーメード品を手掛けることも特徴の一つであり、その技術開発力で日系企業のみならず、タイローカルの企業からの注文も増えてきた。タイに拠点を設けてから顧客の要望やニーズに迅速かつ的確に対応しやすくなったという効果も表れている。現在の課題である複雑なレギュレーションへの対応も迅速に進めていくことを目指す。
「最近は、食品であれば味やフレーバーなど最終製品に直接影響する酵素のニーズが高まり、求められる品質が高度化している。当社はサイエンスパークを拠点としているので、産官学の力を結集して高度な新規酵素の開発に挑戦していきたい」(佐藤代表)。未来食品を推進する「タイランド4・0」の政策も同社には追い風であり、スペシャリティー酵素市場のさらなる拡大が期待される。