医療・バイオ燃料分野でも日本企業活躍
世界中がCOVID―19の感染拡大により甚大な被害を受けるなか、タイは突出したレジリエンス(回復力)を見せた。危機的な状況に柔軟に対応し、必要な措置を迅速に取り、平時を取り戻そうとする行動力は、タイへの進出を検討する企業にとって大きなプラス材料だ。タイ投資委員会(BOI)が用意する豊富な恩典もタイ進出をサポートする。現在、タイが進めている国家戦略「タイランド4・0」において重点産業に指定されている医療やバイオ燃料産業における進出事例を紹介する。
朝日インテックタイランド 医療用ワイヤの製造に注力研究開発力生かし新領域
1976年設立の朝日インテックは、医療機器や産業機器分野で使われる様々なワイヤ製品の専門メーカーだ。とりわけカテーテル治療に使用する医療機器を病変部まで運ぶガイドワイヤに強く、世界110の国と地域で販売されており、グローバルでトップシェアを誇る。
価格競争力を強化するための海外生産拠点としてタイに進出したのは89年。当初は自動車やエアコン、OA機器などの産業機器向けに生産していたが、96年から医療用ワイヤの生産を開始。目的の線径に仕上げる伸線技術、ロープやコイルに加工するワイヤフォーミング技術、高度の操作性を実現するトルク技術、ワイヤやロープの表面に樹脂をコーティングする技術の4つのコアテクノロジーを駆使し、開発から製造、販売までをグループ内で一貫して行う。
「タイ人従業員は非常に勤勉。新型コロナウイルスの感染拡大下では従業員が率先して衛生管理を徹底し、製品のクオリティー維持に努めてくれた。市場としても有望だ。弊社が得意とする高性能ワイヤの需要は今後、着実に増えていくと見ている」(武藤正執行役員)
2016年にはタイに研究開発部門を設置した。既存品の改良やグレードアップを行い、これまでカテーテルが届かなかった末梢(まっしょう)部位まで届くチューブ径の実現に成功。 画期的な新製品をまもなくリリース予定だ。
「進出時や01年の新工場竣工時にはBOIから機械や設備の免税恩典を受け、その後も新製品を出すたびに材料部品の輸入関税の免除を享受している。こうした恩典を生かしながら今後はロボティクスなど産業機器用ワイヤにも積極的に力を入れていく」
医師のニーズに耳を傾け、スピーディーに製品に落とし込む高度な開発力は同社の大きな強み。日本発の医療機器ブランドはいま、タイを拠点に新たな領域開拓に挑んでいる。
セルロシックバイオマス テクノロジーサトウキビ搾りかすを活用燃料の原料や有価物創造へ
タイは再生可能エネルギーの導入に積極的に取り組み、「タイランド4・0」でもバイオ燃料産業を将来の産業基盤の一つと位置付けている。2016年には、タイ国家イノベーション庁(NIA)と日本の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、バガスと呼ばれるサトウキビ搾汁後の搾りかすの有効利用に向けた実証事業に関する基本協定書を締結し、実証に向けたプラントの設計・建設を推進してきた。
このバガス利用の技術実証と事業化を目的として17年に設立されたのが、東レと三井製 糖の合弁会社であるセルロシックバイオマステクノロジー(CBT)だ。BOIの様々な恩典を受けて設立した同社は現在、プラントでバイオエタノールの原料となるセルロース糖のほか、ポリフェノールやオリゴ糖を併産する世界最大規模の実証実験を進めている。
「東レの世界最先端の膜分離技術とバイオ技術を使うことで、従来の蒸発法に比べると 50%以下の消費エネルギーでセルロース糖が製造でき、オリゴ糖の併産も可能になる。三井製糖の精製分離技術により、高付加価値のポリフェノールを製造できるメリットも大きい」(ゼネラルマネージャーの松野竜也氏)新型コロナ
ウイルス感染拡大の影響で日本人技術者がタイに出張できない状況が続いているが、タイ人従業員は積極的に日本側と連絡を取りながらプラントを動かし、綿密 にデータを蓄積している。
「もともと真面目で柔軟性が高く、仕事ぶりもスピーディー。この事態を機に自分たちで何とかしようという気概がより高まったのは大きな収穫だ。タイの企業や大学とも連携した産官学の一大プロジェクトを確実に事業化していきたい」
日タイの技術の粋を集めたCBTは新しい形のスタートアップ。豊富なリソースを生かし、BCG(バイオ・サーキュラー・グリーンエコノミーの総称)を実践する事例となりそうだ。